東京地方裁判所 昭和23年(ワ)4829号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
(事實)
X(原告)は、「Y(被告)に対して所有家屋を、(一)無断で賃借物の用法又は原状を変更し、又は賃借物を転貸した場合は、Xは催告しないで直ちに賃貸借を解除しうること、(二)YがXの承諾なしにその営業を変更したときは、賃貸借は当然終了すること、と定めて賃貸したところ、Yは昭和二十二年三月頃Xに無断で従來の営業である洋裁業を中止し、飴の製造業を始めた。又、Yは同年八月中Xに無断で、(イ)玄関橫向つて左側間口一間半奧行十尺の板張床、及び玄関から奧の六疊の間までの間にあつた板張床をそれぞれ従前よりも一尺余り低く張り替え、(ロ)玄関の土間と玄関橫向つて右側のコンクリートの場所に柱一本を新設し、(ハ)玄関橫向つて右側間口一間半、奧行十尺の板張床と玄関から奧の六疊の間までの間に壁代りの板張を設け、(ニ)玄関から奧の六疊の間の間に硝子戸を新しく調度し、(ホ)従前裏のトタン張になつていた部分を硝子戸に模樣替をし、更に同年十月中Xに無断で賃借家屋の一部を訴外Aに転貸したので、XはYに対し同月二十八日到達の書面で前記(一)の特約に基いて賃貸借を解除する旨の意思表示をした。又Xはその家業である菓子製造業の営業所として本件家屋を使用する必要があるので、Yを相手方として本件家屋明渡の調停を申立て、その調停に際しては、移転料及び明渡猶予期間に関し相当の条件を準備し、また、Yの都合次第では、階下表側の部分だけの明渡によつてでも調停に應ずる意思あることを傳え、更にYの転居先として木造ルーフィング、トタン交葺平家建一棟建坪七坪五勺を買入れ、Yに対しこれを提供する旨の申出をなしたが、Yは少しも互讓の精神を示さないで、Xの申出を全部拒絶した。そこで、Xは昭和二十三年二月六日の調停期日に出頭したYの代理人たるその妻Bに対して賃貸借を解約する旨の申入をした。」と主張して、第一に特約(二)に基く、第二に特約(一)違反を理由とする解除による、第三に解約申入による、賃貸借の終了を理由として本件家屋の明渡を求めた。
(判斷)
裁判所は、転貸の事実が認められないとした外、全部Xの主張事実を認めたが、賃借物の変更及び営業の変更はいずれもいまだ特約に反するには至らないとし、結局解約申入の主張をいれて、Xの請求を認容した。
(一)「…に徴すれば、右改造及び模樣替は、元來賃借人の都合のよいように造作をさせるために土間としてあつた部分と階下の外周りの一部について施されたものに過ぎないばかりでなく、その施工方法は木片を嵌め込み又は釘で止めた程度の極めて簡單なもので、全般的に見て右は家屋の用法に変更を加えるものではなく、たゞ従來の用法に従う使用を一層便利なように改造、模樣替をしたものであり、原告に何等の損害を生ずるものでないことを認めることができ、その反証はない。して見れば右改造竝に模樣替はその実質において未だ原告主張の(一)の特約に違反するものとするに足らないものといわなければならない。」
(二)「…を綜合すれば、被告は本件賃貸借当時は洋裁業を営んでいたが、今次太平洋戰爭が終つて後は衣料品が沸底し洋裁業では生計が立たないため妻のきんに露店飮食業までもさせて見たが結局失敗したので、昭和二十二、三年頃本件家屋で飴屋を開業し、昭和二十三年九月頃に至つて再び洋裁業に戻つたことを認めることができ、その反証はない。このことは形式的に観察すれば原告主張の(二)の特約に違反するともいえるけれども、本件賃貸借が昭和八年の社会、経済状態が安定していた時代にできたものであることを顧れば、その特約にいわゆる営業の変更とは被告が單にその利益を追究するために原告の不利益になるような営業の変更をすることを意味し、国家の非常事態に際して従前の営業を株守することによつては生計が立たないためにやむを得ず営業を変更するような場合を指すものではないと解する…」
(三)「賃貸人に賃貸家屋を自ら使用するについて合理的の必要性があり、賃貸人が賃借人に相当の転居先を提供する用意をしている場合又はこれを提供したが賃借人が無下に拒絶したため用意の転居先が失われたというような場合には賃貸人は正当事由を原因として賃貸借を解約し得るものと解するを相当とする。この立場から本件を見るに、……を綜合すれば、原告は古くから本件家屋の右側の一戸の二階(四疊半二間、三疊一間)と裏側の一戸の二階(六疊一間、四疊半一間)を住居右両戸の階下及びその中間に介在する土間を作業場として菓子製造業を営んでいるものであるが、その世帶員が十三人(原告夫婦、十三歳、九歳の子供、原告の兄夫婦、住込使用人七人)の多数である上に、通勤使用人も七、八人あるため、可成り前から住居の点でも作業場の点でも不自由な思をしていた。ところで、原告は昭和二十二、三年頃訴外株式会社岡安商店から同商店が連合国えの見返り物資として製造する『マロングラツセ』と称する栗菓子製造の下請を依賴せられ、これに應ずるためには作業場を拡張し、事務所、材料、製品の置場を新に設けることが必要となつたので、その目的に最もよく適合する本件家屋をこれに当てんとしてその主張のような調停の申立をしたのであつたが、調停に際しては、被告の事情も充分考慮して、移転料及び立退猶予期間に関し相当の条件を用意していること及び被告の都合では本件家屋の内階下表側の部分だけの明渡によつてでも事を円満に解決し度い旨を述べ、更に進んで、被告の転居先に提供する目的で台東区入谷町百八十九番地にある木造平家建ルーヒング、トタン交葺家屋一棟建坪間口二間半奧行三間を買い入れ、被告にその提供の申出をした(この家は原告が被告が転居して來るまでの留守番として入れていた婆やがその後死亡し、その娘夫婦が入り込んだため現在ではこれを被告の転居先とすることはできない)のに、被告は他所に移転すれば営業上の得意を失つてしまうという口実で右家屋を見分することまでも拒否したことを認めることができ、この認定を動かすに足る証拠はない。被告は、原告は本件家屋の直ぐ近くに約百二、三十坪の敷地を有し、その上に二、三十坪の倉庫と二十坪余の家屋を建築所有しており、敢て本件家屋を必要とする情況にはないと主張し、……によれば原告は本件家屋から程遠くない所に三十坪位の倉庫一棟と十二、三坪位の住宅一棟(他人居住)を所有していることが認められるけれども、この事実だけでは未だ原告に本件家屋を自ら使用する合理的な理由がないものと断ずることはできない。被告は、また、本件家屋を明け渡し他所に転居すれば永年の努力によつて獲得した得意を失うに至り一家の生活を維持することが至難になると主張するが、……によれば、被告の收入の大部分は台東区附近の洋裁問屋からの注文請負に依存していることが認められるから、これ等の問屋とその距離、交通の便等の点で大差のない前認定の原告が被告にその提供を申し出た入谷町の家屋に轉居しても被告の洋裁業に大きな打撃があるとは認められない。しかして、以上の事実関係は、これを要するに、原告に冐頭説示の解約申入の正当事由を生ぜしめるものに外ならない……」